顧客満足
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 CSとは一般的にCustomer Satisfaction(顧客満足)の略語ですが、
当院では「患者様の満足」として取り扱っています。

 当院では「お客様の求める手作りの医療」をスローガンに
患者様の満足度向上の為、CS委員会が取り組んでいます。

取り組み内容

■ CS推進研究大会
■ 外部講師によるマナー研修
■ SQI(院内環境の向上)
■ 接遇研修(職員の接遇向上・指導)
■ 新人職員の研修(月1回,外部講師)

取り組みへの工夫
一流ホテル並みのサービスを目指しております。

 当院では前リッツカールトンホテル大阪営業統括支配人の林田正光氏の
指導を受け、一流ホテル並みのサービスを目指しております。

患者様にとって本当に必要なサービスをお客様の立場になって考え、
真心のこもった真のサービスを学び、顧客満足度ナンバーワンの病院を目指して、
これからも精進して行きます。

■ 林田 正光氏略歴

元リッツカートンホテル大阪営業統括支配人 林田正光氏
・昭和20年10月7日生 熊本出身
・元リッツカールトンホテル大阪 営業統括支配人
・元全日空ホテル社長兼総支配人 他
・現 HAYASHIDAーCS 総研 会長(CEO)
・日本CS・ホスピタリティ協会 理事長
・主催 日本CSアカデミー(CSトレーナー育成)
・主催 関西社会人大学院(時事・教養講座)
・(社)大阪青年会議所 OB会 メンバー
targetBlank  HAYASHIDA - CS 総研サイト

病院が作りだした感動エピソード×おもてなし神話

病院には多種多様な患者様がいらっしゃいます。
多様な患者様がいらっしゃる病院においては、
一律のマニュアル的なサービスでは通用しないのです。
相手の方に合わせた個別のサービスは「パーソナル・サービス」と呼ばれています。
病院は、まさに究極の「パーソナル・サービス」が求められている世界です。

石橋内科・広畑センチュリー病院では、
毎年、各スタッフの感動サービスにまつわるエピソードを発表する機会を設けています。
他人の逸話を聞くことで自分の対応を振り返ってみることにもにもなり、
また、他の人からさまざまなアイディアを得ることにもつながっています。

ここでは、その「病院が作り出した感動のエピソード」・「おもてなしの神話」の一部を紹介させていただきます。
2009年3月に広畑センチュリー病院の取り組み・挑戦”が
あさ出版から一冊の本になりました。

当院の取り組み・挑戦にご興味を持たれた方はどうぞ、一読ください。

ホスピタリティが生まれる瞬間 広畑センチュリー病院の挑戦
(CS&ホスピタリティ) (単行本(ソフトカバー))
林田 正光 (著)
仲の良いご夫婦
今でもわすれられない方がいます。

五十代くらいのご夫婦で、仲良く毎日コーヒーを飲みに来られていました。
冗談を言う明るい奥様の話を、いつもご主人が静かに聞いておられました。


 そのご主人が少しずつ弱っていかれ、コーヒーも奥様が口まで運んで差し上げるようになり、次第に奥様が1人でこられたり、お見舞いの方がよく来られたりするようになりました。ご主人の姿を見る回数は減り、奥様もお見かけしなくなってきました。

 久しぶりに、いつもと雰囲気の違う奥様と出会い、
ご主人がお亡くなりになったことをうかがい、私はとてもショックでした。

 私は手を握りながら、「毎日泣いていたらご主人が心配されますよ」と話し「食事をとっておられるか心配なので、この病院にくるのがつらくなければ、たまに私に会いに来てくださいませんか」とお願いしました。
すると、「悲しいけど、ここに来るとやさしい人がたくさんいて…」と私の前で泣いておられました。

それから1ヶ月くらいしたとき、ふとお昼を食べにこられました。
「1人になったので、出かけるにも近所の人の目が気になるわー」と現実を受け止め、
頑張っておられる感じがしました。

 私は、母が亡くなり六年になります。
つらいことは考えないようにいつも逃げていましたが、最近気持ちも落ち着きました。

この経験を前向きに生かし、患者様、その後家族の方に寄り添っていけたらと思っています。
笑顔が見たくて
三十年勤めた職場を定年退職し、当病院の送迎運転手として勤めさせてもらい五年になりました。
全く経験のない福祉の仕事で、最初は利用者様の家、お名前、お顔などを覚えるのが大変でした。
 一年くらいしてやっと慣れたころにふと思いました。

何か利用者様に楽しんでいただいたり、喜んでいただいたりすることが自分にもできないだろうかと。
 あるとき、何気なく見た公報に「マジック入門コー受講者募集」という欄を見つけました。
応募したところ、入門を許可するとの連絡を受け、四月から月一回の講習が始まりました。

 一年くらいしてデイ・サービスで話したところ、利用者様のレクリエーションの際に、練習を兼ねて演技させてもらうようになりました。

 ある日の送りの車の中でのことですが、
職員のSさんが利用者様の一人にその日の出来事を聞いていました。

「今日のお昼ご飯は何を食べましたか」
「忘れたな」
「では、レクリエーションは何をしましたか?」
「マジックを見せてもらったよ。あまり上手じゃなかったけど、良かったよ」

このような会話が聞こえてきました。

今運転している者が、マジックの演者とは気づいていないようでしたが、マジックのことを覚えていてもらったこと、良かったよと言ってもらったことが大変うれしくなりました。

その数ヵ月後に職員のSさんから一枚の紙に書かれた手紙をもらいました。先日のマジックの感想文でした。

「感動致しました

ふだん送迎の運転をしている時は、言葉も少なく、手品をやる人とはとても
思はずびっくりしました 有難う これからもよろしく

手品師や サクラちりきて アイラブユウ」

涙が出るほどうれしかったです。下手なマジックを見てもらってありがとう。

 一人でも二人でも楽しみ、喜んでくださる人がいたこと、この病院に応募したときの最初の思いに近づけたこと、少しでもお役に良かったと思います。

 それから三年間、マジックの同期入門の二十名あまりは次々と止めてしまい、自分一人になりましたが、今もマジックを続けていられるのは、この一通の手紙が原点であります。

大切な大切な宝物として保管し、時々出して読んで、元気やパワーをもらっています。

 自分の手や足の動く限り、続けていきます。多くの方々の笑顔が見たいから。

 最後にここにいる当病院に入ってくれた新人入社社員のみなさんの歓迎の意味を込めて、
マジックをして終わりとさせていただきます。
患者様にビールとお刺身を提供した看護師
病棟にターミナルの患者様が入院してこられたときのことです。

徐々に食事が入らなくなってきたのですが、ご本人様から「ビールで刺身が食べたいわ」
とうかがいました。

常識的に考えれば無理なことはわかっていましたが、どうしてもその願いを実現したいと思い、理事長先生と栄養部の方々に相談してみました。

先生からは「ノンアルコールビールで一杯なら」と許可をいただきました。
そして、栄養部の方々にも相談し、お刺身を特別につけていただきました。

ご本人の前にビールとお刺身をお持ちすると、それまで暗かったお顔が、パッと明るくなり、みずからビールを注いで、おいしそうに飲まれました。
そのときの笑顔は忘れられません。

その後、亡くなられましたが、ご希望にそえて本当に良かったです。
この方のために、本当にいろいろな方々に協力していただいて良かったと思いました。
心に残る味
私は、入院いていらっしゃる患者様のところへうかがい、
ご飯、お汁を目の前で入れてさし上げ、熱々のものをお出ししています。

 味付けご飯のときは、いい香りが部屋中に充満します。
お汁からもいい香りがしきます。味噌汁はもちろんとして、うどんのときは、こんぶ・かつおのいい香りでいっぱいになります。
患者様は、その香りで「今日は混ぜごはんかい?うどんかい?」と聞いてこられます。
みんな待ち遠しいのか、そわそわしておられるようです。

 今までは、患者様の目の前でご飯・お汁を入れていませんでしたので、
患者様がどのような顔で、どういうふうに食べておられるのかわかりませんでした。

 毎日、みなさんを見ていると、みなさん本当にごはんが楽しみなんだなぁと思う行動をされます。
お盆をのぞき込む方もいらっしゃいます。みなさんがもくもくと食べていらっしゃる姿を見て、
もっともっといい食事を出してさし上げたいと、自分にとっての励みにもなっています。

 冬の夕食会では、冷えたお体を温めていただきたいと思い、鍋パーティをしました。
カニで有名な城崎温泉に行った気分を味わっていただくために、カニなどを入れた鍋にしました。
みなさん、目を大きくして、もくもくと食べておられました。

「ええ、お出汁や」という声があちこちで…。
みなさんにたいへん喜んでいただけました。

 そのなかに百三歳の方がおられました。日ごろは、食事の量も少ない方です。
「日本一や、この鍋は。百三歳にして、はじめてや。ほんま、いいお味や」とみなさんに言っておられました。
 その方は、何度も「ほんま、おいしかった。ありがとう」と言ってくださいました。
次の日も、また鍋の話をされました。

 百三歳の方の心に残る鍋の味をつくれて本当に良かったと思います。
これからも、心に残る食事を出していきたいです。
最後の花束
Aさんは、終末期の患者様でした。

痛みで動くことがつらいため、私のリハビリをベッドサイドでうけていただいていました。
お花や歌が好きな優しい方でした。
リハビリはあまりおすきでないようでしたが、一緒に歌を歌うと笑顔を見せてくださることもありました。

私はAさんの笑顔が大好きでした。

 しかし、病気の痛みはAさんから笑顔を奪い、容赦なく進行していきました。

 ある日、病室を訪れると、Aさんは痛み止めで昏睡状態となってしまっていました。
私は何もできない自分が情けなく、せめて現状を知ろうとカルテを開きました。
そして、Aさんが厳しい状態であることを知り、その日が偶然お誕生日であることに気付きました。

 どうしても何かお祝いがしたくて、私はガーデンに行って小さな花束をつくりました。
夜になるとAさんが目を覚まされていたので渡すことができました。

 苦しいにもかかわらず、私の花束とお祝いの言葉にAさんは「うん、うん」と笑顔でうなずいてくださいました
。 Aさんは重度失語症ですが、やさしい目がいろんなことを語っておいででした。それから数日後、Aさんは亡くなられました。

 私は喪失感と無力感でとても落ち込みました。
 そんなとき、同じようにAさんと交流のあった園芸療法士の廣瀬さんとお話しする機会が持てました。
二人で涙しながらAさんの思い出話ができました。
廣瀬さんと悲しみを共有し、励ましていただいて、私も少しずつ元気を取り戻すことができました。

 お誕生日に花束を手作りしたことは、普通のことなので「神話」とは呼べません。
しかし、Aさんとの出会いや廣瀬さんをはじめとする職場の優しい方々との出会いは、
大袈裟ではなく私にとって本当に宝物です。

これからも、その宝物を大切に思う心を忘れないやさしい言語聴覚師でありたいです。